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お寺から始める ココロとカラダの健康塾 #1-1 仏教の智慧が「健康」にもたらす力 (前編)

医療はどんどん発達しているはずなのに
心も体も、思いのままにならない現代。

体調不良で病院に行っても、
「原因不明」「ストレス」の一言で片づけられてしまい
悩み続けている人も少なくありません。

心と体の繋がりが失われてしまっている現代、
本来の健康を取り戻す場所として
お寺に可能性が見出せるのではないでしょうか。

そんな思いから、この連載では
精神科・心療内科医として診療に携わりながら
臨済宗建長寺派林香寺の住職を務める、川野泰周さんに
お寺から提供できる「健康」について構想していただきます。

2018.09.10 MON 18:17
構成 増山かおり
PROFILE

川野泰周(かわのたいしゅう)

臨済宗建長寺派林香寺住職/RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行った。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたり、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、子育て世代の主婦など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に『ずぼら瞑想』(幻冬舎)、『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』(インプレス)などがある。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

人間本来の健康を、仏教で取り戻す

 医学の進歩は非常にめざましく、体の病気に対する治療法はどんどん進歩しています。けれども、病院で「異常なし」と診断された方が、それにもかかわらず、症状を訴え続けるという例は増えているんですね。そんな例として、よく「自律神経失調症」が挙げられますが、これは厳密には一つの病気ではなく、何十という疾患の集合体です。過敏性腸症候群、過活動膀胱、慢性咳嗽(長く続く咳)、片頭痛、めまい、メニエール病、突発性難聴……ありとあらゆる身体の疾患が、自律神経の異常から出てきています。そういう疾患は、体をいくら検査してもほとんど異常値が出てきません。このような体の症状は、心の負担が姿を変えて現れているというケースが、とても多いのです。都内の心療内科で予約が非常に取りにくくなっていることからも、こうした問題を持つ人が増えているのを感じています。小さなクリニックでも初診に1~2週間待ち、小児を専門とする児童精神科なら半年待ちということも珍しくありません。それほどまでに、こうした心と体の不調を抱える人が増えてしまっています。

 そんな患者さんを診ていて、病院において予防ができないはがゆさを、僧侶としても常に感じています。もうちょっと早く気づいていればこの人はうつ病にならなかったのに、というケースが、ものすごく多いんです。自分を犠牲にして働くスタイルが当たり前の世の中で、時間休をとったり、残業を控えたりすることを周りが勧めてくれる場合でさえ、自分を肯定できないために、どこまでも馬車馬のように働き続けなければならないと頑張りすぎて、自滅してしまう人たちがたくさんいます。結果、心の健康とともに、体の健康をも害してしまうことになります。

 なぜ、このようなことが起きてしまうのでしょうか?

 それは、人間として本来あるべき状態から、現代人の生活があまりにも離れてしまっているからです。必要以上に食べ過ぎること、過剰な量の情報を取り込むことで脳を刺激しすぎて十分睡眠が取れないこと、自分を認められず心を病んでしまうこと……これらはすべて、人間のあるべき姿から遠ざかり、古くからの生活スタイルが失われてしまっている状態です。心と体の問題の多くは、人間本来のあり方が、現代の暮らしの中で失われてしまっていることにあるといえます。そして、今回最もお伝えしたいことは、仏教には、こうして失われたよき習慣が、ぎっしりと詰め込まれているということです。

体のケアのため、仏教にできること

 その筆頭に挙がるのが「食」です。物が豊かになりすぎて、体には不必要なものまで過分に摂ってしまっている状態が、往々にしてみられます。現代の食には、短絡的な効果を得られるものが多いですよね。甘いもので糖質を摂れば脳内にエネルギーが満ちて一時的に元気になりますし、アルコールを飲めば心地よくなり、カフェインで眠気を冷ますこともできる。こうしたものをいたずらに摂りすぎると体に害があるとわかっていても、つい摂ってしまう。

 ところが、坐禅やヨガ、マインドフルネスなどに取り組むと、こうした刺激の強すぎるものを食べ過ぎることが段々と少なくなっていきます。自分の体を大事にするという精神が自然に育まれることによって、意識せずとも、体によくない食べ物や食べ方を自然に避けるようになっていくんですね。本当に体に必要なものを察知して食べるようになり、あまりにスパイスの強いものは避けよう、これ以上は食べないでおこう、といった行動が自然にできるようになっていく。これは、心と体が一致する瞬間です。

 ブッダの時代から脈々と受け継がれている食の文化を大事にすれば、自然と栄養分を無駄なく、過不足なく活用できるようになっています。最小限の汁で煮ることや皮をむかない調理法は、道場では当たり前のようにやっていることです。うつ状態になると味覚が低下しますが、お寺での食事のようにゆっくり食べることで味わいの感覚を取り戻すと、ドーパミンという物質が出て喜びを感じられるようになります。目の前の食事に集中するという禅の食べ方には、こうした治療的意義もあるんです。こうした、自分の体に対する気づきが上がるヒントは、仏教のいたるところに散りばめられています。

 ちなみに、私は禅の修行に入る前の数年間、精神科病院で統合失調症の方のケアに携わってきたのですが、患者さんはお通じが悪くなると、決まって精神状態が悪くなって幻聴や被害妄想が活発になってしまうのですが、薬剤を調整して便通が改善すると、すっと穏やかになられました。このように、消化器の状態が精神にも影響することは、精神科医なら経験的に知っています。これも、心と体が密接に関わっている一例だと言えるでしょう。

 運動についても、食と同じようなことが言えます。運動というのは、本来あえてするものではなく、生きるために必要な行動だったわけですが、科学の進歩によってこの数百年で突然人間は運動をしなくなってしまいました。本来の人間の能力を保つごく自然な習慣が運動だったのですから、運動しなくなることは非常に非人間的なこと。つまり、ありのままの人間の姿から離れてしまっているわけです。さまざまな病気が出るのは、当たり前ということです。

 日頃も診療で、うつの患者さんに必ず散歩を勧めるのも、運動することで、BDNF(脳由来神経栄養因子)という、心の健康因子となる物質が増えるからです。日々、作務や托鉢のためにたくさん体を動かす禅の修行道場では、うつ病の人がまずいないのもそのためではないかと思われます。お寺で当たり前に取り組んでいることが、健康のための取り組みにもなるのですね。

 睡眠に関しても、本来人間に必要な時間が取れているとはいえません。今、日本人が世界で最も睡眠時間が短いと言われています(実際には韓国と並んで世界1位か2位といった状況です)。子供からお年寄りまで含めて、平均睡眠時間が7時間23分というデータが出ているのですが、若い人に限れば4、5時間。片や、海外では平均睡眠時間が9〜10時間というところもあります。たった4、5時間では、当然足りません。これも、現代の人が本来あるべき姿を失っている身近な一例です。

 やることが多すぎて睡眠時間が取れないことだけでなく、脳への刺激が強い生活によって、「脳幹網様体」という睡眠と覚醒を司る部分が常に刺激されているのも、睡眠不足の原因です。さらに、思考のし過ぎで前頭葉が過活動してしまっている状態も重なっています。すると脳が疲労し、睡眠に入る準備状態が作られなくなってしまうんです。夜になると勝手に出てくるはずの、眠りをもたらすホルモン「メラトニン」が出てこなくなっている状態です。

 逆に、お寺の作務で体を動かしていると、夜深く眠れます。仮に3、4時間という短い睡眠時間であっても、修行中はなすべき仕事に集中していると、常に頭がすっきりしている。これは僧侶のみなさんも実感しているところだと思います。必要なものを食べて、体を動かせば、自然と眠れる。書いてしまえばあまりにも当たり前のことですが、それができる生活が、現代では失われているということ。そして、いにしえの智慧をたたえたお寺は、それを取り戻すのに最も適した場所であると考えています。

後編へ続く

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