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お寺から始める ココロとカラダの健康塾 #7 「良きつながり」が互いの健康を育む

精神科・心療内科医として診療に携わりながら臨済宗建長寺派林香寺の住職を務める、川野泰周さん。
お寺から提供できる「健康」について心と体を行き来しながら構想していただくこの連載もいよいよ最終回を迎えました。
最後のテーマは「良きつながり」。
これからのお寺のありかた、そしてご自身の願いに思いを馳せながら、ご覧ください。

2019.07.05 FRI 12:12
構成 増山かおり
PROFILE

川野泰周(かわのたいしゅう)

臨済宗建長寺派林香寺住職/RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行った。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたり、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、子育て世代の主婦など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に『ずぼら瞑想』(幻冬舎)、『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』(インプレス)などがある。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

前回までは、「食事」「運動」「休息」という体の健康に関するテーマを、「自分を認める」「他者を認める」という心のあり方と絡めながら、具体的なワークと共にお伝えしてきました。最終回となる今回は、この5つのテーマを社会全体に波及させ、より広い視野でのお話をさせていただきます。

■ 苦しみを分かち合うさまざまなコミュニティ

前回、人間は誰しも、直接的にも間接的にも誰かから助けを得て生きているということをお伝えしました。仏教では、お互いに支え合って自己開示をしたり、互いの悩みを共有したりする「サンガ」が伝統的に形成されてきました。現代社会においても、特に心身に困難を抱えている人に対してはさまざまなコミュニティが用意されています。

例えば、アルコール依存症に悩む方々の自助グループ「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」もその一つです。日本全国に何千カ所とあり、日本だけでなく世界各地に設けられています。また、薬物依存症の方にも同様に「ナルコティクス・アノニマス(NA)」という自助グループや、「ダルク(DARK)」というリハビリ機関があり、悩みを持つ方々が集まって自分の依存症体験を告白するコミュニティが形成されています。自助グループでは実名を言う必要もなく匿名性が保たれている中で、顔を合わせて辛い体験を話し合うことで、苦しんでいるのは自分一人ではないという共同意識が育まれている場です。

■ 既存のコミュニティでは救えない苦しみ

各種の依存症や病気などに悩む方には、こうしたさまざまな自助グループがあります。また認知症や要介護状態の方にも、デイサービスなどの場所が用意されています。認知症の方を介護する人たちのコミュニティとしては、「認知症カフェ」が知られています。このように課題や問題が明確化されている人たちに対しては、国の施策やNPO団体の取り組みによって、そのサポート体制が以前より拡充されてきた感があります。その一方で、ひとまず生活を送れてはいるもののなんだか気持ちが晴れない、なんとなく健康に不安がある、といった方々には、いまだ提供される場所がほとんどありません。ある程度健康な人が、後回しになってしまっているのはやむを得ないことかもしれませんが、次世代における大きな課題とも言えるでしょう。また、孤食などのように、コミュニティから孤立してしまう人の多さも大きな社会問題になっています。孤独は、人間にとっての大きな悲しみや苦しみの一つです。

そうした隙間に入ってアプローチできるのが私たち僧侶であり、お寺が担うことのできる役割の一つなのではないかと、私は考えています。

■ お寺を心と体の健康の場に

仏教では「三宝」ということが説かれます。仏はブッダ、法はブッダの教えです。僧は修行僧と解釈されることがありますが、実はそうではなく、サンガ(僧伽)のことを指しています。かつて修行者たちが集まって互いの身心を清浄に保ちながら修行生活を送っていたように、現代においてはお寺に人々が寄り集まって過ごすことに大きな意味があるのではないでしょうか。ですが、現在のお寺ではそれが廃れつつあり、お葬式や法事があるときにしかご縁がないという方が増えています。

そこで、もう一度つながりの場としてのお寺を取り戻すために私達が取り組んでいるのが「心と体の健康塾」です。ストレッチで体をほぐすプログラムのほか、心をほぐすマインドフルネス瞑想、医学的エビデンスを伴った心に栄養を与えるワークショップなどを盛り込み、お寺を楽しく健康になれる場所として捉え直す取り組みです。お寺に伝統として受け継がれてきた智慧や経験を、よりいきいきと地域に活かす技術を提供し、地域の中に新しいつながりをもたらしていければと考えています。

■ 健康な人といると、健康になれる

このように前向きな健康志向を持った人が集まる場ができると、そこに集まる人全体の健康が底上げされていくという現象が起こります。同じ時間と場所を共有すると言葉や声色、表情の影響を受けますから、健康な人と一緒に過ごすことで、周りの人の心身の状態も徐々に引き上げられていきます。健康な人に囲まれるだけで、人は健康になっていくのです。一対一でカウンセリングのようにお話をお聞きすること以上に、サンガとなって集団で過ごすことが、心と体によいものをもたらしてくれるのです。

私が自坊で行っているマインドフルネス教室も、そんな思いで開催しています。言葉を発することもままならないような心理状態の方もたまにいらっしゃるのですが、続けて通ううちにだんだん周りの人に引き上げられ、その中で一番元気な人になることさえあります。

■「良きつながり」はお寺にもよいものをもたらす

このように、良きつながりの場がもたらす恩恵は計り知れません。とはいえ、普段の檀務や宗派のしがらみなどもあって、そういう場を設けるのが難しいというお寺は多いはずです。そういった意味では、お寺自体も孤立していると言えるのかもしれません。新たなことを始めるには勇気がいりますし、必ずしも直接の利益につながるとは限りません。それでも実際に取り組みを始めると、お寺に集う方々だけでなく、ご住職の顔もどんどん明るくなっていくのです。今まで実際にそういう方を何人も目にしてきました。

例えば、朝のお勤めなどの檀務は丁寧にされているけれども、ご住職が一般の方とコミュニケーションをとることがあまり得意ではなく、地域の方にとっては近づきにくいという印象の、ある地方のお寺がありました。そんなご住職があるとき、その地域で子供たちの触れ合いの場を提供しているNPO法人から、お寺の境内で催しを開催したいと相談を受けました。ご住職は思い切ってこの依頼を承諾され、お寺の宿泊体験会や子供坐禅会、お母さんたちの茶話会などをご自坊で定期的に開催されるようになりました。すると次第に、催しの日以外にも家族連れでこのお寺にやってくる方が増えていき、時間があるときにはご住職自ら、お寺のご本尊や庭木などについて簡単に紹介するという、一つの交流のかたちが生まれました。意外にもこのことが地域の人たちに大変喜ばれ、やがて「和尚さんの仏像解説」として評判になりました。ご住職は「拙い話を少ししただけなのですが」とおっしゃっていましたが、お寺に来山した一般の方たちにとっては、和尚さん自らそこに安置された数百年の歴史を持つ仏像の解説をしてくれることが、とても貴重で、嬉しい体験だったのです。重要文化財に指定されているような仏像でなくても、そこで長いあいだ歴史を見守ってきた仏像というものは、見る人の心に何か大切な気づきを与えるのではないでしょうか。こうしてこのお寺には平日でも、昼間は子供たちや地域の高齢者の方々が、夕方にはお迎えのお母さんたちが気軽に集うようになり、とても明るく親しみのある雰囲気になっていきました。これは後日談ですが、地方の寺院であればどこでも抱えている、檀家数減少の問題が影を落としていたこのお寺に、それからの数年で10軒以上も新しい檀家さんが入られたそうです。それは決して、このご住職の取り組みと無縁ではなかったはずです。

このご住職のお寺に限らず、特段立派な仏像というわけではなくても、若い方が嬉しそうに拝んでいる姿を見て「最近うちの仏像を若い方が楽しんでいるんですよ」と、生き生きとした表情で報告してくれたご住職もいらっしゃいます。これも新たなつながりによって、お寺の価値をご住職自身が再発見された例だといえるでしょう。良きつながりは、僧侶自身の利他の心を満たすものにもなるのではないでしょうか。

ご自身が学び、吸収されてきた仏教の智慧が、今を生きる人達に届いたら、それはどれほど嬉しいことでしょうか。葬儀や法事の専門家としての務めを全うするだけでなく、もっと今を生きる人の助けになりたいと考えている方が多いことを、近年特に強く感じます。私自身も微力ながら、そうした和尚さま方の願いをどう世の中に届けるか、日々考えています。どのように取り組んでいいかわからない、でも目の前で困っている人に、何かを伝えていきたい。そんな思いを持つみなさまと共に、これからも長きにわたり、良きつながりを生み出していければと願っています。

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