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お寺から始める ココロとカラダの健康塾 #5 自慈心がもたらす「休息」

精神科・心療内科医として診療に携わりながら、臨済宗建長寺派林香寺の住職を務める、川野泰周さん。この連載では、お寺から提供できる「健康」について構想していただきます。
第5回は、体と心を整える「休息」について取りあげます。最新の脳科学と仏教の教えが、こんなにもリンクしていることに驚かされます。

2019.05.13 MON 11:22
構成 増山かおり
PROFILE

川野泰周(かわのたいしゅう)

臨済宗建長寺派林香寺住職/RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行った。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたり、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、子育て世代の主婦など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に『ずぼら瞑想』(幻冬舎)、『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』(インプレス)などがある。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

■ 仏教における「休息」の捉え方

この連載では、心と体の健康に関わる要素が仏教でどのように説かれているかをお伝えしてきました。実は、休息に関しては、仏教の修行においてはっきりと想定されていません。逆に言うと、現代は仏教が生まれた時代と違って、休息という概念を必要とする時代になったということでもあります。
第4回で取りあげた「運動」という概念も、技術が進み体を動かさなくてもよくなったために生まれたのと一緒で、休息も現代の産物といえるでしょう。

ちなみに、中国の元の時代に書かれたとされる坐禅の入門書「坐禅儀」において「その睡眠を整えて節(せつ)ならず、恣(し)ならず」という一節があります。つまり、睡眠は過不足なく、適度にとることが望ましいとされているのです。
寝すぎてもいけない、寝なさすぎてもいけないと説かれているんですね。ところが現代においては、このちょうどいい中道の状態が取れないために疲れが蓄積してしまう現象が顕著であり、それに対して休息が必要だとあえて言う必要が出てきているというわけです。

禅においては、そもそも坐禅をしていることが休息と説かれています。鎌倉時代に道元禅師が説いたように、坐禅は「安楽の法門」であると伝えられていますが、坐禅を生活に取り入れること自体が安楽の道、つまり休息であるということです。

自分の体を修行で傷めつけても悟りを開けなかったブッダが、初めてみずからに抱いた慈しみの心によって悟りを開いたということは、現代の仏教において大変本質的なことです。現代は、休まないで働くことで安心を得るというワーカホリック的な人が非常に増えており、自分をいたわる時間が持てないために、過度の疲労や過労性のうつといった問題が生まれているからです。

■ よい睡眠をもたらす習慣

体の疲れに対する休息の方法としては、睡眠が挙げられます。
ですが、現代人の多くには睡眠が足りていません。以前『仏教の智慧が「健康」にもたらす力 (前編)』の記事でもお伝えしたように、人間に本来必要な時間が取れているとはいえないのが現状です。また、交通事故の発生率は、睡眠障害の存在により3.5〜4倍に増大するという研究結果もあり、米国では交通事故の約半数に睡眠障害が存在するともいわれます。

やることが多すぎて睡眠時間が取れないだけでなく、生活環境や偏った習慣が原因で、眠りをもたらすホルモン「メラトニン」が出てこないために睡眠のリズムが乱れるのも、睡眠不足を招く原因です。メラトニンは、太陽光に当たることで作られる物質です。日光を浴びて14〜16時間後に出てくるため、朝7時に日光を浴びたとすると、22時頃に分泌され、眠気が生じます。
ところが、このメラトニンに影響を与える光は、日光だけではありません。パソコンやスマホの画面から発せられるブルーライトも、同じように影響を与えるのです。つまり、夜遅くにスマホの画面を眺めるような、近年さかんに行われるようになった行為は、睡眠のリズムを狂わせる原因になってしまうのです。まったく使わないのは難しいとしても、せめて就寝の2時間前には、ブルーライトを発するパソコンやスマホを使うのをやめることをおすすめします。

■ 脳の疲労の仕組みを知る

また、体の疲れは睡眠で癒せているはずなのに、ダラダラと過ごして気が定まらなかったり、いつも心ここにあらずの状態で過ごしている人も少なくありません。
そんなとき、脳の中ではどんなことが起きているのでしょうか。それを知るために覚えておきたいのが、脳内には、以下の3つの神経ネットワーク構造があるということです。

1.「DMN」(デフォルト・モード・ネットワーク)──解決方法が定まっていない問題をあれこれと考えたり、自分の過去と結びつけて反省したりするときに活性化しているネットワークです。幅広い刺激に意識を向けるときに活性化します。
2.「CEN」(セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク)──1つの目標に向かって意識を集中するときに活性化します。いわば「一点集中モード」です。
3.「SN」(セイリエンス・ネットワーク)──上記の2つのネットワークを切り替える司令塔のような役割を果たします。スポーツで例えるなら、デフォルト・モード・ネットワークとセントラル・エグゼクティブ・ネットワークのそれぞれに対して選手交替を告げる、脳の監督のような役割です。

この3つのネットワークが状況に応じてそれぞれ活性化されるのですが、現代人は、デフォルト・モード・ネットワークが特に活性化しやすくなっていると考えられています。デフォルト・モード・ネットワークは簡単に言えば「待ち受けモード」のようなものです。このネットワークがあることによって、危険を察知して回避できたり、自分の名前を呼ばれたときに気づくことができたりします。抽象的な思考や連想、発想力などの源にもなっている、とても重要な機能です。人類はこのデフォルト・モード・ネットワークとともに進化してきたといっても過言ではありません。

反面、デフォルド・モード・ネットワークはエネルギー消費がとても大きいという欠点も持っています。この神経回路が脳のエネルギーの6〜8割を消費しているともいわれているのです。現代人はスマホの着信やメール受信の通知などによって、スマホに常に呼び止められている状態です。仕事もマルチタスクが当たり前になっており、目の前以外のことに気を取られることが多くなっています。
つまり、常にデフォルド・モード・ネットワークが活性化している状態です。これは、無駄に脳をアイドリングさせているようなものといえるでしょう。

また、入って来る情報量の違いも脳の疲れに大きく影響します。一人の人間が一生に扱う情報量は、この10年前と比べて1000倍、昭和の時代と比べるとなんと10万倍に増えていると言われます。あまりにたくさんの情報が入って来ると、司令塔となるセイリエンス・ネットワークの働きが及ばず、デフォルト・モード・ネットワークが活性化しすぎてしまうのです。
こうして脳が疲労することによって判断力や注意力、集中力の低下を招きます。疲れが慢性化すると一晩寝たぐらいでは回復しません。その結果、疲労性うつ状態を招いてしまうことも多いのです。

これを解決するために必要なのが、過剰に活性化されているデフォルド・モード・ネットワークの働きを適度に抑えること。瞑想やマインドフルネスは、そのよい手段です。
呼吸瞑想や歩く瞑想「経行(きんひん)」などによって1つのことに意識を集中すると、一点集中モードのセントラル・エグゼクティブ・ネットワークと、切り替えの司令塔となるセイリエンス・ネットワークが活性化されます。それに代わって、デフォルト・モード・ネットワークの働きが抑えられるのです。すると脳のエネルギー消費は抑えられ、心が落ち着くという仕組みです。呼吸瞑想や歩く瞑想だけでなく、おいしさを感じながら日々の食事を味わうことも、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークとセイリエンス・ネットワークを活性化させることになります。

■ 休息の前提となる「自慈心」

このように、よい睡眠をもたらす生活習慣と、瞑想によって体と心を休めることは、現代人が健康に生きるうえで必須だといえるでしょう。その前提となるのが、セルフ・コンパッション。つまり自慈心(じじしん)です。
休息は自分にしかできないことなので、休むにはみずから進んで休もうとする必要があります。自慈心がなければ、疲れていることにさえ気づけません。
うつの患者さんは、休むことに罪悪感を持っているケースが非常に多くあります。仕事を休む罪悪感は、疲労性うつ状態で病院に来る人のほぼ100%に見られる感情です。わたしの努力が足りないからこうなったんだと考え、自分が努力しすぎて疲労していることに気づかないんですね。

ここでも役立つのが、マインドフルネスです。自分が呼吸するため、あるいは食べるためだけに自分の時間を割くことで、過剰な努力をいったん手放します。マインドフルネスを通じて初めて、自分を主体的に癒すというセルフケアの考え方に気づいたという方が大勢いるのです。

■ ボディスキャンで体の声を聞く

こうした患者さんに限らず、現代人に広くおすすめしたいのが、脳を使って体を詳細に観察する「ボディスキャン」です。
頭から(あるいは足先から)順に体の感覚に注意を向けていき、体の声に耳を傾けることで、胃が重い、胸が苦しい、肩が張っている、といった状態に気づくことができるというワークです。
忙しいとこうした微細な変化に気づくことができず、ひどいと胃潰瘍になってからようやく気づく、ということになりかねません。そんな人もボディスキャンを続けることで、自分に対する感覚が研ぎ澄まされ、限界になる前に体や心の変調に気づくことができるようになります。
すると、大きな自律神経失調症になる前に未病で防げるわけです。ある程度の不調は、気づくだけで手放せることもあります。実際、このボディスキャンはがんなどの病気からくる慢性疼痛の治療にも活かされています。まさに、道元禅師の言う念起則覚(ねんきそっかく)です。ありのままに痛みなどの不調を捉えることで、過剰にそれを増幅してしまうことがなくなるのです。

海外では45分間のボディスキャンが提唱されることもありますが、これは忙しい現代人にはなかなか難しいもの。そこで、10分かからずにできる方法にアレンジしたものをこの記事の最後に示していますので、ぜひ取り組んでみてください。

ボディスキャンを続けていくと、自分の体に対する気づきが上がるので、自分の体が本当に欲しているものをおいしいと感じるようになり、味付けの濃いものをあまり食べなくなっていくという現象もみられます。こうして、心と体を休めるための瞑想やボディスキャンが、おのずとよい睡眠、よい食事、よい運動につながるという、よい循環が生まれるのです。
体のどこかに不調があっても、今の自分はそういう自分なのだとありのままに捉え、日々の生活に向き合えれば、それもまた「健康」なのだといえるでしょう。

ボディスキャン

① 仰向けに寝て、呼吸瞑想を続ける(1分間)
② 頭に注意を向け、頭のあたりに感じるすべての感覚を意識する。頭の重さや熱さ、心地よさなど、どんな感覚でもかまわない(1分間)
③ 一度大きく深呼吸して、頭に向けた注意をリセットし、首や肩の感覚に注意を向ける(1分間)
④ 大きく深呼吸して首や肩への注意をリセットし、腰で感じる感覚に注意を向ける(1分間)
⑤ 大きく深呼吸して腰の感覚をリセットし、両足の先の感覚に注意を向ける(1分間)
⑥ 大きく深呼吸して足先への注意をリセットし、呼吸瞑想に戻る(1分間)

※この4カ所に限らず、胸、お腹、手、腕など、自分が重さや痛みなどを感じる部位を入れてもOK
※ボディスキャン中に眠くなったら、無理に瞑想を続けなくてもよい。そのまま安らかな眠りにつく

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