検索

語り合おう。ひと、まち、お寺。

お寺から始める ココロとカラダの健康塾 #3 お寺の食事に宿る健康習慣

精神科・心療内科医として診療に携わりながら、臨済宗建長寺派林香寺の住職を務める、川野泰周さん。

この連載では、お寺から提供できる「健康」について構想していただきます。

第3回を迎えた今回は、いよいよダイレクトに健康につながる「食」についてのお話です。
第2回でお話いただいた、「自分を認める」自己肯定感の大切さ とともに、年末年始の疲れた心と体をいたわりながら、ご覧ください。

2018.12.29 SAT 19:23
構成 増山かおり
PROFILE

川野泰周(かわのたいしゅう)

臨済宗建長寺派林香寺住職/RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行った。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたり、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、子育て世代の主婦など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に『ずぼら瞑想』(幻冬舎)、『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』(インプレス)などがある。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

■ 食事においても大切な「中道」

前回の連載で、「自己肯定感」こそが健康を育むうえで欠かせない、というお話をいたしました。
現代は、自己肯定感が低くなっている時代です。ストレスに抵抗する力が弱くなっているだけでなく、自己肯定感が低くなることで自暴自棄になり、体に悪いものを摂取する行動を強化してしまう現象も多く見られます。ここ数年、カフェインが含まれるエナジードリンクの摂り過ぎによる死亡事故の報道もありましたが、これはその最たるものと言えるかもしれません。

しかし、仏教、特に日本仏教においては、一元的にこの食品はだめ、と言い方はあまりされません。さきほど取りあげたカフェインも、実は禅の世界では重要なものとされています。栄西禅師が著した『喫茶養生記』の中でも、お茶をいただく健康効果が述べられています。
例えば、お茶にはカフェインが入っていますが、これを適切に用いることで、すっきりと目を覚ますことができます。
このように、お茶がいかに心と体によいものをもたらすか、ということが説かれている書です。単にある食品や物質を悪と決めつけるのではなく、過不足ない食事をすることが大切だという考えには、仏教の「中道」の精神が表れています。

■ 調理の段階からマインドフルネスが始まる

健康と食を考えるとき、とかく「これは健康にいい」「これは食べてはいけない」という言い方がされることがありますが、仏教においてはむしろ食に対する姿勢や食べ方のほうを重要視しています。食によって感覚が研ぎ澄まされる、いわば「マインドフル・クッキング」、「マインドフル・イーティング」というべき瞬間が、お寺の食には満ちているのです。

お寺で炊くご飯は、まさにその宝庫です。調理を担う典座(てんぞ)という役職の修行僧は、かまどでご飯を炊きますが、ご飯が炊けるまで釜の蓋を開けられないので、中がどうなっているかわかりません。そこで、嗅覚を使って調理をします。釜の蓋から湯気が上り、生米のにおいがおせんべいのような香りになったら、火を落とすタイミングです。香ばしい香りに変わった瞬間、炭を搔き出します。
また、聴覚も頼りになります。生米の状態だと、米が対流することでカラカラ細かい音が鳴りますが、炊けてくると米がふやけて動かなくなり、グツグツと低い音に変わっていきます。このように聴覚と嗅覚を使いながら、視覚で湯気の様子を捉えたり、木の蓋に伝わる振動という触覚も使いながら、ご飯を炊き上げます。ボタンを押すだけで炊けるご飯と違って、伝統的なかまどで炊くご飯には、これだけ多くの感覚が総動員されています。こうして4つの感覚を使って調理をし、味わうときには味覚を使います。

このサイクルを繰り返すうちに、どんどん五感が研ぎ澄まされていきます。最初の頃はちょうどいい頃合いがわからず、寮頭と呼ばれる先輩が遠くから香りを嗅ぎ付けあわてて飛んでくることもあります。近くにいる自分には分からなくても、修行を重ねた寮頭さんには、かすかな香りの違いがわかるんですね。
これはマインドフルネスによって気づきが上がったからこそです。ご飯を炊いて食べる、という行為一つとっても、いかに現代の暮らしで失われたものが大きいかがわかります。こうしたいにしえの智慧に、僧侶であるわたしたち自身がもう一度目を向け、発信していくことが求められているのではないでしょうか。

■ 「マインドフル・イーティング」で心と体を整える

典座は、托鉢やお布施でいただいた貴重な食べ物を扱う、大事な仕事です。ですが、ちゃんと炊けたからといって、特に褒められるわけではありません。でも、みんなの食は自分が担っているという思いが、自己肯定感を高めることにつながっていきます。このように、食事を作るという行為には、陰徳を積むという側面もあります。

こうして一所懸命作ると、一所懸命食べようという気持ちが生まれます。作り手への有り難みを感じながら、目の前の食に集中します。ゆっくりと変化を味わいながら十分に味わえば、一口のご飯はもちろん、普段は気にも止めないような一粒の干しぶどうさえも、とても滋味あふれるものに感じられます。
温度や舌触りの変化、口の中に広がる香りなどをゆっくり味わうことで、薄味でも味わい深く感じられ、食べ過ぎなくても満足できるという副次的な健康効果も期待できます。このように、食べ方や、食事に対する考え方を変えるだけで、毎日の食事が、心と体を整える時間になるのです。

うつ状態になると、味覚が低下してしまい、食事をしていてもまるで砂を噛むように、おいしく感じられなくなってしまうことがあります。そんなときも、こうしてマインドフル・イーティングに取り組むことで、ゆっくり味わいの感覚を取り戻せることが知られています。食べる喜びを感じるとドーパミンが放出されるため、治療的意味があるのです。こうした食事を続けることで、自分の体に対する気づきが上がり、「これ以上食べたら不健康だ」「ほどほどにしよう」と自然に思えるようになっていきます。

■ 食事におけるつながり

また、一人でする食事と違って、お寺で食を共にすることで生まれる「つながり」も重要です。園頭(えんず)には畑を作る喜びがありますし、典座はそうして作られた食材を大切にし、さまざまな感覚を研ぎ澄ませて調理します。また、こうして作られた食事に感謝をしながら、みんなで分け合う一体感もあります。
レストランでは座っていれば自分の食べる分がやってきますが、サンガ(修行者たち)では周りを思いやりながら、自分が食べられる分だけ取り分けて食べます。1人が多く取ったら、他の人に行き渡らなくなってしまいますし、自分だけ我慢しすぎても周りに気を遣わせてしまいます。
禅の儀式で重んじられている行道(ぎょうどう)と同様に、前の人を抜かさずに足並みを揃えることが求められているのです。料理中も、野菜の皮をむいたりへたを取ったりする作業が遅すぎれば、次の作業の人を待たせることになってしまいます。食のすべてのシーンにおいて、支え合っていることを学ぶ仕組みがあるのです。

■ お寺の食は健康の体験値の集合体

このように、お寺を取り巻く食は、心と体を健やかに保つ要素に満ちています。こうした暮らしの中で先人たちも気づきの能力を研ぎ澄ませてゆき、長い歴史を経て心と体によいものを取捨選択してきた結果、現代のお寺に見られる食の形が残されたのではないでしょうか。 

冷蔵庫がなく、いつも同じように収穫できるとは限らない昔の暮らしの中でも、保存食や発酵食などが用いられてきました。食材を大切にし、皮や葉を無駄にしない調理法も、経験則に基づいたものです。それが結果的に、栄養を無駄なく摂取し、食べ過ぎを防ぐことにつながっているのは、とても興味深いことです。

10月に行われた寺子屋學のシンポジウムで、日本綜合医学会会長の渡邊昌先生がされていたお話も、そこにつながるものではないでしょうか。

渡邊先生のお話の中に「玄米七徳」というフレーズがありました。玄米には、必要な栄養素がたっぷり含まれているだけでなく、環境面でも大きなメリットがあるというお話です。日本でかつて盛んに食べられていた玄米には、ビタミンB群や各種ミネラルなどが豊富に含まれています。
ですが、現代のわたしたちは普段白米中心の生活をしていますから、こうした栄養素の多くをわざわざ捨ててしまっていることになります。また、玄米の食感はよく噛むことを促し、適切な量で満足感を与えてもくれます。玄米中心の食事に切り替えることで、失われた多くのものを取り戻すことができるというわけです。

禅の食事では、なるべく煮汁を残さないように煮含めたり、大根の葉も調理に活かすなど、できるだけ無駄を出さずに調理し、食べ切ることを心掛けています。にんじんも皮を剥かずにいただきますし、ゆっくり噛んで味わう習慣もあります。こうして余すところなく栄養を活かす仏教の食事には、近年見直されている玄米食の考え方にも通ずるものがあると考えています。

食事に取り入れると自然と栄養バランスが取れる7つの食品を表した「まごわやさしい」も、同様です。7つのひらがなはそれぞれ、ま=豆、ご=ごま、わ=わかめ、や=野菜、さ=魚、し=しいたけ、い=芋、を表しています。

精進料理では魚はいただけませんが、どれもお寺での食事や、日本の昔の食事に日常的に取り入れられてきたものばかりです。私自身、建長寺の専門道場で修行をしていた頃は、基本的に肉や魚を食べず、豆などからタンパク質を摂って過ごしていました。それでも、日々の作務に耐えられるだけでなく、仲間たちもみな筋骨隆々とした健康的な体をしていたものです。

料理で五感を研ぎ澄ませること、丁寧にいただくこと、そして伝統的な食に回帰すること。特定の食材を盲目的に避けるのではなく、こうして気づきを高める食事こそが、健康につながるよい循環を生み出してくれると考えています。

「玄米七徳」
1.咀嚼機能を高める
2.便秘の解消
3.日本食(おにぎり、調味料、総菜に合う)
4.健康長寿:もち肌・健康感、肥満予防、生活習慣病予防(高血圧、糖尿病)、認知症予防
5.家計・地域経済に役立つ
6.食育・地域農業・水田・環境を維持
7.日本の食糧安全保障の土台

「まごわやさしい」
ま=豆
ご=ごま
わ=わかめ
や=野菜
さ=魚
し=しいたけ
い=芋

関連記事

姉妹サイト まちのお寺の学校おすすめイベント