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お寺のソーシャルプロジェクト研究 #1 長野県上田市・海禅寺 (真言宗智山派) 安心して老いを迎えられる地域づくりを目指す認定NPO法人「新田の風」にみる、お寺や僧侶の可能性

「地域包括ケアシステム」における寺院や僧侶の役割を考えた時に、特に「自助」や「互助」といった面で地域コミュニティの中心となるお寺の活躍が期待されます。

以前『寺子屋学』で連載してくれていた長野県上田市 海禅寺 副住職の飯島俊哲さんが関わっている認定NPO法人「新田の風」は、民間のNPO団体が地域社会での「自助」や「互助」をサポートする活動です。
2019年12月には「読売福祉文化賞」を受賞したという「新田の風」の活動内容と、活動における僧侶やお寺の役割について聞きに、上田は海禅寺にお邪魔しました。

2020.02.05 WED 13:54
執筆 遠藤卓也
左端が飯島俊哲さん、そのお隣が森江宏さん

インタビューに応じてくださったのは「新田の風」理事であり海禅寺 副住職の飯島俊哲さんと、「新田の風」で事務局長をつとめておられる森江宏さん。
まずはお二人に、認定NPO法人「新田の風」の活動実態についてお聞きしました。

目の届く家・仲間を増やすという地道な活動

「新田の風」サロンのようす

日常的な活動としては、毎週金曜日にひらいているサロンがあります。サロンには毎回30人から40人くらいの方が訪れるそう。平均年齢は80歳で独居の方や老老介護の方も多分に含まれます。参加費は特に設定していませんが、任意で「お茶代」を入れる貯金箱が置かれています。
集まる人たちのモチベーションは「仲間と話せること」。サロンでの出会いをきっかけに地域に住む人同士の付き合いが広がり、それによって行動範囲も広がります。ただ家に居るのではなく、外に出て人と会ったり何らかの活動をすることが、地域のお年寄りの元気の素となっています。
また、いつも来ている方が顔を見せないとき等、生活の異変に気付けることも定例サロンの大きな役割のひとつと言えます。

正にサロンこそが「新田の風」にとっての核となる活動ですが。年間100回はNPO法人の事務所で行ない、他50回は出張で行なっているそう。というのも新田地域は広いため、山の中に住んでいる人たちは町なかにある事務所まで出てくることが難しいのです。そういった課題意識から、出張型サロンの発想が生まれました。山の中に住む仲間の家を利用して開催しています。

もう一つの課題として、サロンに来る方のほとんどは女性に偏っています。男性はなかなか「お茶飲み」の場には出てきてくれません。そこで夕方に「ほろよいサロン」を開催しています。「お茶飲み」を「酒飲み」の場に変えることで、一気に男性が集まってくるそう。カラオケを歌ったり、お酒を嗜んだりと、楽しい時間を過ごしています。この「楽しそう」というイメージが、人が集まる最大の秘けつ。民間のNPOである「新田の風」ならではのカラーといえそうです。
そういった様々な工夫を行ないながら、地道に目の届く家・仲間を増やしているのです。

お宅に出張しておこなわれる「ほろよいサロン」のようす

困りごとの早期発見と適切なパス

サロンで話す内容は特にテーマを設けていません。以前は参加型のプログラムやワークショップなど「何をするか?」をきっちり決めていたそうですが、それだと自発的に自分のことを語ってもらえなかったのです。主催者が作り上げた時間を過ごすだけでは駄目で、やはり困りごとというものは雑談の中からつぶやかれるもの。長年のサロン開催からの試行錯誤の結果、最終的にノープランになったという点が印象的です。

サロンとは別に「よろず相談所」を開いています。これはサロンの行われる金曜日と日曜日以外の日に、NPO法人 新田の風事務所でどんな相談でも承り、必要な専門家や有識者に繋ぐという活動です。介護、医療、子育て、療育など、様々な相談を想定していますが、相談者はそれほど多くないとのこと。やはり家族の認知症のことや、家庭内の問題などは、なかなかかしこまって相談しにくいもの。それよりもやはりサロンでの雑談の中でポロッと困りごとが発せられるケースが多いそうです。そのためサロンには約30人の参加者に対して「新田の風」スタッフが3〜4名混ざっています。雑談の中に困りごとをキャッチしたら、適切な人材につないでいきます。

「新田の風」には様々な専門職の方々がスタッフとして支えており、その多様性が大きな強みだそうです。「仲間で支え合う」ことを基本理念とし困りごとの内容に応じて、民生委員やケアマネジャーなどにつないでいきます。このバックアップチームとのつなぎ役こそが、サロンと双璧をなす「新田の風」の大きな役割です。
サロンや「よろず相談所」を通じて投げ込まれた石を、適切な人に繋ぐという形で返していく。「新田の風」が年月をかけて築き上げた活動実態が見えてきました。

そもそも、どのようにしてこのNPO法人「新田の風」が始まったのでしょうか?

「新田の風」結成ストーリー

「新田の風」理事の飯島俊哲さんは、お寺の副住職であり認定こども園の副園長もつとめる

NPO法人「新田の風」のストーリーのユニークさは、発端である結成のきっかけにあります。何か事業をしようとしてメンバーが集まったのではなく、自治会の役員たちが任期を終えて解散となったものの、共に活動した熱を同じ仲間で再燃させたいという思いから始まったそう。役員のメンバーの職業が、たまたま多様でした。
理事長を務めるのは、い内科クリニック院長の井益雄先生。地域密着医療で有名な佐久総合病院で主治医をされていた井先生は、介護や看取りの分野において問題意識を持って活動なさっています。
また、上田は薬剤師会の活動が活発で「かかりつけ薬局」の仕組みが根付いていますが、上田薬剤師会の現在の会長さんも「新田の風」の強力な支援者、そして理解者です。
こういった関連メンバーの個性が、活動の方向性に大きな影響を与えているようです。

令和2年1月現在、理事は9名で社員は20名ほど。皆さんボランティアで従事しています。
活動資金は、会費・寄付金・助成金、そして事業収入から得ていますが、多くは寄付で支えられているとのこと。寄付者は主にサロンの利用者とその家族ですが、参加はしていないが活動内容に賛同してくださる方、スポンサーのように寄付してくださる方もあるそうです。
また、理事長の井先生に看取ってもらったご遺族が、匿名で寄付をしてくださったこともあるとか。
平成29年には認定NPO法人となり、今後ますます寄付で支えられる団体となっていくことでしょう。その際に、地域社会へ貢献するまなざしをもつ医師や僧侶・寺院の活動が重要になりそうです。

お二人に「お寺ならではの役割」について質問すると、事務局の森江さんが実感を語ってくださいました。

海禅寺から吹く風。お寺ならではの役割

右が森江宏さん

森江さんは東京出身。大手広告代理店でバリバリと仕事をなさっていました。ご縁あってNHK大河ドラマ「真田丸」放映時、上田市シティプロモーション室へアドバイザーとして関わるようになりました。
上田に通い始めると、これまで住んできた町にはなかったあることに気づきます。それは「明日の上田を考えている人がたくさんいる」ということ。熱気を感じたそうです。同時に気になったのは、やる気のある人たちが「報われていない」ようにも見える。課題や悩みがあるならば、森江さん自身のこれまでの経験や人脈が役に立つかもしれない。そして自分が動けるフィールドを持つことは、森江さんにとっての生きがいです。「ならば、住まなきゃな」と、移住を決めました。

上田に引っ越してくると、時間ができました。「新田の風」の活動には片足だけ関わるつもりが、両足となり海禅寺とのご縁もうまれます。かつての森江さんにとってお寺は「用がなければ行かない」場所でありましたが、海禅寺に行ってみると「ホッとする」気持ちがあり、日常の雑事から解放されたような感覚があったそうです。住職との雑談で元気が出ることも。
更には海禅寺の餅つきや護摩焚きに参加するなど、生活パターンの中にお寺が入ってくるようになりました。それが精神の安定につながっており、こういったご自身の経験からお寺のサロン活動は「良い」との実感があります。

実際に「海禅寺サロン」も開かれています。海禅寺では本堂などをつかって、講演会やワークショップなどをイベント的に行なっています。森江さん曰く、普段あまりお寺で過ごすことのない人たちがご本尊の前でお経を聴くのではなく、自分自身の「これからのこと」に思い馳せる時間が特別なのだそう。
「新田の風」オリジナルのエンディングノートを記入するワークショップ等もとても盛り上がります。ざっくばらんに本質的なことを話し合えるので、そういった声の中から地域医療の問題が浮かび上がってくることもあるようです。海禅寺という場がサロンの「特別版」としてうまく位置づけられています。

海禅寺サロンのようす

海禅寺副住職の飯島俊哲さんは、檀家さんのためにも海禅寺と「新田の風」の連携を強めていきたいと語ります。檀家さんの話を聞いていると、やはり望まない形での死が見えてきます。井先生を理事長とする「新田の風」が間に入ることができれば、適切な専門家や医療者につなぐことができそうです。うまく連携できれば、檀家さんのためにもなると考えます。
寺報などをつかって「新田の風」について発信しているものの認知度はまだまだ。年に一度の大きなお祭り「聖天祭」の機会も利用して、「新田の風」との橋渡しをすることも考えています。

井先生からは看取りの現場での僧侶の役割を期待されている部分もあるそうで、飯島さんは今後臨床の現場での僧侶の役割も発揮していきたいと考えています。

「新田の風」は新田地域だけに吹く風ではなく、新田から吹く風。そこに、海禅寺の風ものせていけるようにと、決意を語っておられました。

PROFILE

遠藤卓也(えんどうたくや)

一般社団法人未来の住職塾 理事

1980年東京都生まれ。立教大学卒業後、IT企業で働く傍ら2003年より東京・神谷町 光明寺にて「お寺の音楽会 誰そ彼」を主催。10年以上続く活動において、地域に根ざしたお寺の「場づくり」に大きな可能性を感じ、2012年より未来の住職塾の運営に携わる。「お寺の広報」をテーマとする講演・研修や、お寺のHP・パンフレット制作などを手がける。また、音楽会やマルシェなどお寺での様々な「場づくり」もサポートする。共著書『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』(共著・松本紹圭 / 学芸出版社)

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