『たった一言で人を動かす 最高の話し方』(矢野香/KADOKAWA)
「間」を入れるだけで劇的に変わる!
心に届くスピーチ上達法
話したことが聞き手に伝わり、相手の心を動かすことができたと実感した経験はありますか。 私は長崎大学准教授としてスピーチ・コミュニケーションスキルを心理学の見地で研究しながら、政治家や経営者をはじめとするさまざまな人にスピーチのご指導をしています。スピーチを研究する上で、世界のトップリーダーの話し方を数多く見てきてわかったことは、人の心を動かすために、必ずしも「話し方が上手である必要はない」ということです。
人々が「感動した」「歴史に残るスピーチだ」と絶賛するのは、話が聞き手の心にしっかり届いたという証。相手の心をつかむ「最高の話し方」はどうすればできるのか、とっておきの方法をご紹介しましょう。
一流のスピーチに共通するのは「間」
アップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏やアメリカのバラク・オバマ前大統領、古くはアメリカの第16代大統領エイブラハム・リンカーンなど、感動的なスピーチを分析してみると、ある共通点が見つかりました。それは、どの話し手も「間(ま)」の使い方が絶妙であるということです。
「間」がないことを「間抜け」というように、「間」とは単なる空白の時間ではありません。「間」は「無言で何かを伝える時間」のこと。しかも自分ではできているつもりでいて1番できていないスキルが「間」なのです。「間」をうまく使いこなすことができれば、あなたの話し方は間違いなく劇的に変わります。
言葉の意味が浸透するには3秒かかる
「間」は長さによって、ショート、スタンダード、ロングと大きく3つに分類できます。 ショート(1-2秒)は、息を吸うイメージで行う短い「間」。1対1で話すときや、大勢の前でのスピーチでも、一人ひとりに語りかけているように聞かせたいときに効果的です。
スタンダード(3秒)は標準の長さの「間」。3秒は話し手の言葉が聞き手の耳から脳へ届く目安の時間です。言葉の意味が浸透するには3秒以上かかることを心にとめておくとよいでしょう。謝罪、感謝など感情を伴う場面はすべて、スタンダードの間が適しています。
ロング(5秒以上)は、話し手にとってかなり勇気が必要な「間」で、とくに聞き手が大勢のときに力を発揮します。会場のざわめきがおさまるまで、微笑みながら無言で待つ。強調したい言葉の前後にこの「間」をとると、注目度が一気に高まります。
ザッカーバーグに学ぶ、「間」を入れるタイミング
どのタイミングでどれくらいの長さの「間」を入れればよいのか。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が2017年5月、母校であるハーバード大学の卒業式で行ったスピーチを例にショート、スタンダード、ロングの間の使い分けを解説しましょう。どれも僧侶の方であれば法話で使えるスキルです。ぜひ、お試しください。
① 始まりと締めくくりの「間」……ロング(5秒以上)
登壇しても、すぐには話し出しません。笑顔で会場を見渡して、拍手が落ち着くまで待ちます。話が終わった後も、さっさと壇上から降りず、しばらく会場の人を見渡して余韻を与えます。
② 話の転換の「間」……ショート(1-2秒)/スタンダード(3秒)
ひとつの話が終わったら「間」を入れる。原稿用紙で文章を書くときに段落をかえ、ひとマス空けるイメージです。「間」が入ると、聞き手は話の内容を整理しやすくなり理解度がぐっと上がります。
③ 強調の「間」……ショート(1-2秒)/スタンダード(3秒)/ロング(5秒以上)
ひとつの話が終わったら「間」を入れる。原稿用紙で文章を書くときに段落をかえ、ひとマス空けるイメージです。「間」が入ると、聞き手は話の内容を整理しやすくなり理解度がぐっと上がります。
④ 考えさせる「間」……スタンダード(3秒)/ロング(5秒以上)
質問した後に「間」を入れるテクニックは、聞き手が話を自分のことと受け止めることができ、共感が生まれやすくなります。「間」で大きな拍手や歓声が起こったら、聞き手の心に響いている証拠です。
⑤ 人を感動させる「間」……スタンダード(3秒)/ロング(5秒以上)
大事な主張を力強く言い切った後には、必ず「間」を入れましょう。どんなに感動的な言葉であっても、「間」がなければ効果は半減。拍手が起こった場合は、おさまるまで待つこと。
⑥ 聞き手を味方にする「間」……ショート(1-2秒)/スタンダード(3秒)
観客の中から特定の人物を紹介すると、会場の距離感を一気に縮める効果が出ます。名前を紹介した後に、手を挙げてもらったり立ってもらったりすると、自然な「間」が生まれます。
⑦ 余韻の「間」……ロング(5秒以上)
スピーチの最後、締めの言葉を言う前に「間」をとると、キーワードが引き立って、話がスムーズに完結します。内容をリマインドするように、締めの言葉を伝えると、会場全体が余韻に包まれます。
つかみの「間」で勝負は決まる
僧侶の皆さんにとって、とくに法事などの場面でつかみは重要ですね。このとき効果的なのは、①始まりの「間」、つまり冒頭で「間」をとることです。聴衆の前に立ったら、すぐに法話を始めずに「長すぎるかな?」と思うくらい長い「間」をとってください。そうすると、聞き手の期待感を高めることができ、注意を惹きつけられます。「間」の長さは聞き手の人数に比例するので、50人であれば30秒くらいが目安です。黙っている間は会場をゆったりと見渡したり、手元の資料を揃えたりして、余裕のある雰囲気を醸し出すとよいでしょう。
心に刻まれる<キーワードx「間」>のリフレイン
たいていの日本人はオーバーアクションや流暢に話すことが苦手なものです。そこで参考にしていただきたいのは、ソフトバンク孫正義社長のスピーチです(2010年6月、定時株主総会発表。「新30年ビジョン」検索で動画閲覧可能)。朴訥とした印象を受ける話し方ですが、「間」を入れてキーワードを強調。さらに<キーワード X 「間」>を繰り返し、聞き手の心に強く残るようにしているところが実にうまいお手本です。
先代の話し方を真似ると安心感を生む
早く上達するには同じ職業の人を真似することをおすすめしていますが、とくに先祖から代々お寺を継いでいるという方は、先代の話し方を分析するとよいでしょう。例えば政治家では、田中眞紀子氏や小泉進次郎氏は、同じ政治家である父親の話し方をバーバル(言語)、ノンバーバル(非言語)ともに研究して、自分のスピーチにうまく取り入れています。そうすることで、先代を知る聞き手は、あなたの中に共通点を見出して信頼を寄せるのです。他人にはできない後継者こそのスキルです。
「いい裏切り」でプラスの評価に変える
僧侶という職業は、聞き手が「お坊さんだから話が上手なはず」と思っているため、普通の人よりも高いハードルで勝負しないといけない立場です。もし、失敗でもしようものなら、「お坊さんのくせに話が下手だね」と言われかねません。聞き手からの評価を上げるには、まずは一文(ワンセンテンス)を一息でいえるよう短くしたり、「間」を十分とったり、話す順番を整理するなど、基本的なスキルをおさえてください。加えて、相手が持っているであろうよくないイメージを想定して、「話が長い」→「びっくりするくらい短く話をする」など、予想をいい意味で裏切っていけば、インパクトが生まれてプラスの評価につながります。
準備すべきは原稿ではなく「スピーチ楽譜」
人によって、スピーチの前に原稿を書いたほうが安心するタイプと、原稿があるとかえってうまくいかないタイプの2つに分かれます。書かないほうがいいタイプの方でも、話す前にキーワードと要点だけはメモしておくと、頭の整理ができ、わかりやすい話ができるのでおすすめです。
スピーチトレーニングでは、原稿というより楽譜に近い「スピーチ楽譜」をつくります。ここで声を高くする、ここで右手を上げる、ここで「間」をとる、だんだん大きく、ここはあえて抑えめに……など「間」のとり方や声の強弱、どんなジェスチャーをするのかも書き入れておく台本です。
アイデンティティーが強い言葉を生む
自分の言いたいことが相手に伝わり人が動いたとき、話し手も心から感動するものです。「伝わる成功体験」を積んでいくうちに「なぜ僧侶をしているのか」「僧侶の仕事を通してどのように社会に貢献したいのか」というアイデンティティーが見つかる方もいるでしょう。アイデンティティーが明確になっている人の言葉は、相手に強く伝わります。今すぐ即答できないという方も、いつか見つけられるよう常に心がけてみてください。
あなたの言葉が、悩める人たちの心に深く届きますように。
矢野 香(やの かおり)
NHKでのキャスター歴17年。主にニュース報道番組を担当し、番組視聴率20%を超えた記録を持つ。NHK在局中から心理学を根幹とした「他者からの評価を高めるスピーチトレーニング法開発」を研究、退局後に博士号取得。大学で研究を続けながら、政治家や経営者などスピーチを必要とする幅広い層に実践的なコンサルティングを続けている。『その話し方では軽すぎます!-エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)、『【NHK式+心理学】一分で一生の信頼を勝ち取る法-NHK式7つのルール』(ダイヤモンド社)などベストセラー多数。