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『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』(松本紹圭・遠藤卓也 著/学芸出版社) 「何かしなきゃ」と思うお寺の 背中をそっと押す事例集『お寺という場のつくりかた』

人口減少や地方都市の過疎化、葬儀の簡素化などから「新しい挑戦」をしなくては、と思うお寺は増えています。そんな危機感の高まりを受けて2012年に始まったのが、将来に不安を抱えるお寺への研修やアドバイスなどを行う「未来の住職塾」です。本書では塾長の松本紹圭さん、理事の遠藤卓也さんのお二人がこれまでの活動を振り返り、地域共生に成功した17の事例と新たな場づくりの形を紹介されています。紹介される取り組みはどれもユニークであるにもかかわらず、過分なコストを投じずに成功していることに驚かされます。

2019.10.25 FRI 09:33
増山かおり

この本の冒頭では、日本のお寺の構造を、建物に例えて紹介しています。葬儀や法事など檀信徒に向けた活動や、季節の行事、祈祷などが「1階」。坐禅や写経、修行体験など、檀信徒ではなくとも仏教に関心のある人に向けた取り組みは、その上に乗る「2階」です。そして、仏教と直接関わりがなくても、お寺という場にさまざまな人が集まる取り組みは、気軽に立ち寄れる「縁側」という構造に例えられています。
「お寺離れ」の一方で、ご朱印を求め若い世代が殺到するといった「仏教ブーム」も起きている日本仏教の姿を捉えたうえで、この「2階」と「縁側」の活動を中心に、全国のお寺の取り組みを紹介しています。

本書の特徴は、単なる地域貢献のエピソード集ではなく、あくまで実用書であるということ。メディアでは、全国的に名高い寺宝や、ご住職と寺族だけでは実現できない大掛かりなイベントが取りあげられがちですが、本書にはどのお寺でも取り入れられそうな事例が数多く並んでいるのです。取りあげられた事例は、花まつりの時期に行うマルシェや子育て支援の場の提供から、カフェに僧侶が「出張」する例などさまざまですが、本書に登場するお寺に共通するものが、2つあると感じました。それは「すでにあるものを活かすこと」、そして「無理をしないこと」です。

自坊のソーシャル・キャピタルを活かす

お寺が新たな取り組みを行うとき、「時間がない」「人がいない」「費用はかけられない」などさまざまな制約が生じます。ですが、本書に登場するお寺は、すでにお寺に備わっているもの、いわば「財産」を活かすことで、新しい人々を惹き付けることに成功しています。
例えば、静岡県伊豆の国市の正蓮寺では、毎年の植え替え時に余って捨ててしまっていた蓮の根を、「お寺の花しごと」という、植え替えを体験するイベントに活用しています。滅多にできない体験だけに参加者の喜びは大きく、花の時期が訪れるたびに継続して足を運んでもらえるという嬉しい効果もあったそうです。今まであったものに価値を見出して、お寺の新たな名物を生んだ代表例です。
また、周囲を飲食店に囲まれた久遠寺(愛知県名古屋市)では、飲食店とのつながりを活かして、地域のお祭り「新栄祭」を協同開催。飲食店オーナーがお客さんを通じて協賛金を集めてくれたり、道路封鎖などの手続きや騒音対策についてアドバイスをくれるなど、地域の方々の得意分野を活かすことでお祭りを成功につなげました。すべてをお寺が担うのではなく、お店の方と役割を分担したことが、地域のお寺としての認識を高めた例です。
さらに、よりミニマムな方法として、お寺を開放するだけで新たな場が生まれた例も紹介されています。淨音寺(東京都新宿区)の「らうんじ淨音寺」は、特に法話やイベントを行うわけではなく、「ただ自由に過ごせる場」としてお寺を開放するという試みです。御本尊に御参りをする方もいれば、静かに本を読む人も。時には集まった方で大合唱になったりと、集まった人によって場が勝手に作られていくことを、ご住職は実感されているそうです。寺族の方の体調が悪ければお休みしたりと無理のない運営をされていることも、継続につながっています。

このように、新たなお金を投資して施設を整えるのではなく、人を雇ってマンパワーを補うのでもなく、すでにあるものを活かしたからこそ、新たな取り組みが継続されているのだと実感します。
「すでにあるもの」には、お寺の施設や周囲の環境だけでなく、僧侶の方にとっての「自分ごと」も含まれています。子育て支援やグリーフケアなど、ご自身の経験が核となって、場が育っていった例も数多く紹介されています。お寺の施設や地域の特性だけでなく、ご自身がすでにお持ちの社会的関心もお寺にとっての「財産」だということが、本書から浮かび上がってきます。

2階での活躍が1階にも好循環をもたらす

本書では、お寺のこうした新しい取り組みがメディアで取りあげられることが、檀信徒の方々の誇りにつながっているという記述も印象的でした。
ライターとして地域情報を発信している立場からもお伝えしたいのですが、「地域共生」だからこそ、そしてお寺にとっての「自分ごと」であるからこそ、メディアはその事例を紹介したくなるのです。
テレビや雑誌、ウェブメディアなどの発信者は、常に新しいもの、そしてその場所ならではのものを探しています。ただなんとなく発生したものよりも、その人、その土地ならではのストーリーがあるニュースのほうが、読者や視聴者を惹き付けるからです。地域のニーズから生まれた取り組みや、ご自身にとって当事者性のあるテーマには、必ずストーリーが伴います。すでにあるものを活かすからこそ、お寺にとっての負担が少なく、人が集まり、新たなつながりが生まれます。そして、その魅力を感じた人々が、どんどんそれを広めていってくれるのです。そんな自然な好循環が、この1冊には詰まっています。本書を参考にご自坊を見直すことが、新たな魅力を掘り起こすきっかけや、現在の取り組みを俯瞰する機会になるはずです。
12月には、恵比寿「書坊」にて、出版記念イベントも開催される予定です。ご自坊での場づくりのヒントに、あわせて足を運んでみてはいかがでしょうか。

文・増山かおり
PROFILE

松本紹圭(まつもとしょうけい)

僧侶・未来の住職塾塾長

1979年北海道生まれ。東京神谷町・光明寺僧侶。未来の住職塾塾長。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader、Global Future Council Member。武蔵野大学客員准教授。東京大学文学部哲学科卒。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講し、7年間で600名以上の宗派や地域を超えた若手僧侶の卒業生を輩出。『こころを磨くSOJIの習慣』(ディスカバートゥエンティワン)他、著書多数。お寺の朝掃除の会「Temple Morning」の情報はツイッター(@shoukeim)にて。

PROFILE

遠藤卓也(えんどうたくや)

一般社団法人未来の住職塾 理事

1980年東京都生まれ。立教大学卒業後、IT企業で働く傍ら2003年より東京・神谷町 光明寺にて「お寺の音楽会 誰そ彼」を主催。10年以上続く活動において、地域に根ざしたお寺の「場づくり」に大きな可能性を感じ、2012年より未来の住職塾の運営に携わる。「お寺の広報」をテーマとする講演・研修や、お寺のHP・パンフレット制作などを手がける。また、音楽会やマルシェなどお寺での様々な「場づくり」もサポートする。共著書『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』(共著・松本紹圭 / 学芸出版社)

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