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お寺スペース・リノベーション #9 光が人を導く~光琳寺・紅葉のライトアップ事例 2~

街のシンボルとして愛されたもみじがなくなって久しい時が流れていた、宇都宮市の「もみじ通り」。その通りで約600年の時を刻む清映山松寿院光琳寺・副住職の井上広法さんは、檀家さんをはじめとする地元の方々からのクラウドファンディングにより、この通りにもみじをよみがえらせました。

井上さんはこのもみじをより美しく演出するため、お寺スペースアドバイザー(照明のスペシャリスト)吉塚 奈月さんとともに、ライトアップ社会実験のプロジェクトを実施。このレポートの前編では、設置中の様子と、ライティングのポイントをお伝えしました。後編となる今回は、そのポイントを振り返りながら、実際にどのようなやり取りを経てベストな光が選択されたのか、お二人の対談を通してお伝えします。

もみじや桜など樹木のライトアップを考えている方だけでなく、お寺のあかりをトータルで考えたい方に、ぜひ参考にしていただきたいお話です。

2019.04.26 FRI 14:15
構成 増山かおり/撮影 森口鉄郎

■ 8パターンの光でもみじを照らす

井上 今回のライティング、「すごい!」の一言です。まさか自坊でこんなライトアップができるとは思ってもみませんでした。

吉塚 広法さんの場合は、ご自身の中にストーリーがありましたから、これだけの仕上がりになったのだと思います。強い意志を最初からお持ちになっていて、ハッキリ選択されていたイメージです。

井上 もみじのトンネルを抜けると豊かな森に囲まれる、というイメージを考えていたんです。吉塚さんがGoogleマップの上に書いてくれたイメージ図を見ながら、実際のもみじの枝振りも見つつ、光の色を決めていきました。

吉塚 当初は、左右に並んだもみじの一方を赤みを際立たせる電球色にして、反対側を青みがかった昼白色にしようとしていたんですよね。現場に入ったら、左側に9本、右側に2本ともみじの本数が異なっていたので、全部で8種類の光のパターンを並べて比べてみることにしました。色温度だけでなく、波長や配光の異なる光を組み合わせる事で、紅葉の色の見え方や陰影感、好ましさの比較等をしました。

■ コストや安全への意識

井上 毎日点灯するとなると電気代も気になるところですが、これだけの変化があるのに、日々の電気代はさほどかからないそうですね。

吉塚 仮に1日6時間点灯したとすると、1日約32円ほどになります。1ヶ月で約960円ですね。

井上 駄菓子を買うくらいのコストで済むのに驚きました!

吉塚 コストのほか、器具の設置スタイルや場所も気に留めていただきたいポイントです。常設するのか、それともイベント時や紅葉の時期にだけ設置するのかによって、適する投光器が異なってくるんです。常設をご希望であれば、投光器を小さくして照明器具が目立たないようにするご提案をしています。設置スペースが参道を歩く方や車の邪魔にならない配慮も必要なので、そのあたりもご相談しながら進めていきます。光琳寺さんのように隣に一般住宅がある場合は、光が邪魔にならない配慮も必要になりますね。安全・安心感、そして「参道らしさ」をより感じられる光の設計が必要となります。また、仮設で期間限定のライトアップをご希望であれば、季節のテーマに沿った特別な演出等も可能と思います。

井上 あと、実験してみて感じたのは、光が直接目に入ることの危険性です。本堂の山号札も照らしていただきましたが、本堂の階段を下りてくる時に光源が直接目に入って、かなりまぶしかったんです。僕でも階段から落ちそうになってしまったので、参拝される方の安全に配慮することが必要だと感じました。

吉塚 そこも重要なポイントです。本番の設置では投光器をフードで覆って、光源が直接目に入らないようにして、角度や設置位置も調整してみましょう。光源が視野内に入ると対象とするものが見えなくなる「グレア」という現象が起こりますし、人間の目は、明るいところから暗いところに順応する「暗順応」には30分くらいかかると言われているので、いきなり暗くなるような光の配置にならないよう、明るさの段階を作るのも有効です。人の目が暗さに徐々に慣れるよう本堂内と外の明るさのバランスに配慮し、かつ階段の段差が見えるよう足元を照らしてあげると、目が明るさの変化に付いていきやすくなります。

井上 見せたいところを単純に照らせばいい、というものではないんですね。

■ ご住職の思い次第でベストな光は変わる

井上 一番頭を悩ませたのは、光の色でした。紅葉したもみじの赤い色に焦点をおくのか、それとも年間を通じてきれいな色に見えるようにするのか……。

吉塚 今回はもみじ通りのストーリーがあるので、まず紅葉を目立たせたいというテーマがありましたよね。とはいえ、1年を通して見ると、緑色の葉の期間が多くなります。なので、紅葉の時季だけでなく、緑色の葉を照らしても不自然にならないことも重要です。紅葉の場合、ピークは2週間ほどなので、それをどう捉えるかということですね。
その点では、桜のライティングにも似た課題があります。桜の場合は桜の白っぽいピンク色と、花が落ちたあとの葉の緑の時期に分かれるので。どちらを優先するのかみなさん迷われるところですが、正解があるわけではなく、環境とご住職のお考えによってベストの形は変わってきます。広法さんははっきりしたストーリーをお持ちだったので、手前は赤を際立たせて幻想的に、奥は緑を引き立たせて自然の生命感が溢れ元気をくれるようなライティングにたどり着きましたね。

※ 枝振りのよい奥側のもみじを、5000Kで際立たせる

井上 実際に設置する前は、赤みを引き出す3000K(ケルビン)の光で全体をしっとりした雰囲気にしようかと考えていました。でもこうしていろいろなパターンの照明の効果を見ると、緑の色が映える5000Kの光があると元気なイメージが生まれて、思いのほかいいなという実感です。

吉塚 もみじのライトアップをされるお客様にご意見を伺うと、しっとりした雰囲気を希望される方が多いんですよ。今回は照明実験という事で、輝く紅葉のトンネルと、本堂前の緑に包まれた情緒ある祈りの空間を、光で対比させましたが、明暗のバランス等は今後本番に向けて検討をしてきましょう。

※ 向かって左が5000K、右が3000K

井上 一般的には、もみじのライティングは何Kで行うことが多いんですか?

吉塚 赤いもみじの色を重視するのであれば、電球色と呼ばれる3000Kが主流です。これはオレンジ色っぽい光で、赤みをよく引き出してくれます。5000Kは街中の街灯で使われるような、やや青白い色です。緑の葉はよく映えるのですが、紅葉したときにこの光で照らすと、ちょっと寂しい感じがします。

吉塚 また、梵鐘を美しく見せるのに、3000Kより少し色温度を高く設定しました。このほうが青銅の青みを引き出してくれるんですね。

井上 今回、梵鐘もライトアップしていただきましたが、確かにこの光の方が、梵鐘の素材感が引き立ち、文様にもしっかり光が当たる事で天女の存在感が感じられますね。天女が舞っているようにも見えます。

吉塚 金属製の美術工芸品の場合は従来白熱電球で展示されていましたが、LED時代になり色温度も多様に選択できるようになりました。光源や光色が変わることで、これまで見えなかった色が見えるようになり、驚かれる事もありますよ。

井上 もみじも、5000Kにすると明るくエネルギッシュな印象が感じられました。5000Kだと赤い葉がいまひとつ映えないので、悩むところですけどね。

※ 左手前の色が「彩光色」

吉塚 でも同じ5000Kでも、「彩光色」の光にはずいぶん差があったのではないでしょうか。黄色成分の波長を抑え、赤も緑もあざやかに映える特殊な光です。

井上 はい、全然違いました! 赤と緑が映えるなんて、もみじのために作られたような色ですね。全部この彩光色にしておけば問題ないでしょうか?

吉塚 木肌をメインに見せる箇所であれば、通常の照明に使われる一般色で大丈夫です。葉をしっかり見せたい場所に効果的に彩光色を使えば、新緑の時期も紅葉の時期も美しく見えますよ。また、今回は実験という事で、1つの空間に5000Kと3000Kを配置しましたが、統一感を出すなら単色でまとめ、賑やかさを出したい箇所や対象物の色を映えさせたい部分に、ポイント的に違う色温度を加えるのが良いかと思います。

井上 インスタ映えを強調するのが目的だったら、全部赤が映える光にしたほうがわかりやすいのかもしれませんね。でも、人間が光の中を一歩ずつ進むことを考えると、何かしらの変化があったほうがいいように思いました。目線の変化や、もみじのトンネルを抜ける間の心境の変化に寄り添える光が、今回の正解なのではという気がしています。

■ 光に導かれ、人が訪れる

井上 あと、今回の実験で初めて気づいたのは、奥の本堂のライトアップの重要性です。門を正面から見た時、本堂が明るいと奥行きがはっきりして、もみじの奥になにかがある、と自然に感じていただけるように思えたんです。

吉塚 少し多めに投光器を持ってきていたので、試しに置いてみたんですよね。本堂はそれ自体に存在感があるので、闇の中に浮かび上がるようありのまま見せることで神々しさが伝わると思います。

井上 もみじのことばかり考えていたのですが、これが予想外に効果を発揮しましたね。お散歩に来ていただけるのはもちろん嬉しいのですが、山門から中に入っていただけなかったら、ただのもみじ庭園で終わってしまいます。境内までアプローチできて初めてお寺としての意義が発生することになると思うので、単に美しく照らすのではなく、光の存在によっていかに中に入ってもらうかが重要だと感じました。

吉塚 参道、山門、本堂とお寺の象徴を連続的に光でつなぎ、自然に誘導しています。また参道の手前を3000K、奥を5000Kにすることで、幽玄な雰囲気に誘われた夜の散策という感じが高まりますよね。思わず入りたくなるような気持ちにさせられます。奥が明るいと、夜でも生き生きした雰囲気になりますし。

井上 そうなんですよ。何でもいいから目立って人を集めるというより、光に導かれて、ふっと吸い込まれるように入ってくる人達が増えたらいいな、という思いです。以前から設置している防犯灯も、全体の調和を考えてゼロからデザインしたいという気持ちになりました。

以前、50年近所に住んでいて一度も光琳寺に入ったことがなかったというご近所の方が、イベントをきっかけにお越し下さったことがあるんです。そういった方々にも、この光に誘われて、奥に進むにつれて力が湧いてくるという経験をしていただけたらと思っています。そして奥には御本尊様もいる、となったら、この光のプロジェクトは満点ですよ。

■ 光が街に安心感をもたらす

井上 今回の実験でもうひとつ感じたのが、夜間に光が与えてくれる安心感です。山門の向かいにお肉屋さんがあるのですが、電気が消えている定休日に比べて、お店に光が灯っている日は、それだけですごく安心感があるんです。夜のお寺に光が灯っていることで、それと同じような安心感を生み出せるのではないでしょうか。

吉塚 そうですね。もみじ通りから光琳寺さんの光が見えるだけで、地域の方に安心感を与えられるはずです。人間の目は明るいところに引きつけられて安心感を覚えますし、暗い所には足が向かないという光の特性がありますから。

井上 美しいとか威厳があるということ以上に、なんだか安心できるということが、お寺にとって大事なんだなと気づかされました。

■ お寺の時間軸で付き合えるパートナーを

井上 こうやってお寺で照明を新たに導入するとき、長く付き合える企業と組むのはとても大切なことだと感じました。普通の企業なら5年、10年、せいぜい30年といった単位で物事が動きますが、お寺の時間軸の最小単位は50年。数百年続いてきて、これからも続いていくお寺にとって、100年の歴史を持つパナソニックさんは一緒に歩んで行ける仲間だと感じています。

吉塚 光の美しさだけでなく、お寺の歴史や安全に配慮しながら取り組ませていただいています。自然光の中でしか見たことのない景色の新しい表情に出会って、その違いにみなさんが驚かれるのはわたしたちにとっても嬉しいことです。

井上 確かに、毎日見ている風景だからこそ、光によって浮かび上がった表情の違いに驚くのかもしれませんね。この本堂が初めてできた600年前は、和蝋のろうそくや、油を燃やしたランプのかすかな光の中で拝んでいたわけですよね。それが裸電球や蛍光灯になって、今はLEDになって、いくつもの光の中で表情を変えてきたんだなとあらためて感じています。

ほとんど姿を変えることなくいにしえの姿を伝え続ける御宝前と異なり、樹木は生きながらその姿をダイナミックに変えていく存在です。単に明るい光で人目を惹くだけでなく、お寺にできることとは何なのか、そして自坊の魅力とは何なのか。もみじを照らす光が、お寺に求められる姿まで浮かび上がらせてくれました。


寺院の外構照明につきまして、お寺スペースアドバイザーがご相談にのります。

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