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サイエンスで紐解く寺子屋活動 #3 「寺ヨガ」が心身を調える理由

前回は、「お寺のお勤めに秘められた驚きの効果」について伺った。第3回目は「お寺でヨガをする意味、効果」について。お寺で行う講座の中でも人気のヨガは、仏教とのマリアージュがよく、心身を調えることに効果的である、と川野泰周さんはいう。なぜ寺ヨガが推奨されるのか、その理由とは。

2018.12.05 WED 18:35
構成 島田ゆかり 
PROFILE

川野泰周(かわのたいしゅう)

臨済宗建長寺派林香寺住職/RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長/一社)寺子屋ブッダ理事

2004年慶応義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より大本山建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行った。現在は寺務の傍ら精神科診療にあたり、マインドフルネスや禅の瞑想を積極的に取り入れた治療を行う。またビジネスパーソン、看護師、介護職、学校教員、子育て世代の主婦など、様々な人々を対象に講演・講義を行っている。著書に『ずぼら瞑想』(幻冬舎)、『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』(インプレス)などがある。精神保健指定医・日本精神神経学会認定専門医・医師会認定産業医。

■エビデンスがしっかりとある「ヨガ」の効果

最近人気の「寺ヨガ」ですが、お寺でヨガをすることに否定的なご住職も少なくありません。ご本尊の前でヨガウェアを着て、ヨガのポーズをとることを快く思われないのかもしれません。しかし、ヨガは多くの不調を整えるというエビデンス(証拠・根拠)があります。インドでは、ヨガは日本でいうラジオ体操のような位置づけで、人々は日々寺院に行き、ヨガを行い、心身を調えることが生活習慣になっています。

たとえば、ヨガを一定期間続けたことで下記の効果・効能が確認されたというエビデンスがあります。

1.睡眠の質を高める
2.骨密度改善
3.BMI低下させ肥満を解消
4.ストレス高い人の自己肯定感の増加
5.バーンアウト(働きすぎ)回復効果
6.PTSDの改善
7.月経障害(PMS)の改善
8.前立腺がん、乳がんの疲労感改善
9.COPD(慢性閉塞性肺疾患)運動能力の向上
10.高血圧の改善

■なぜお寺でヨガがおすすめなのか

さて、ヨガの効果をお分かりいただけたでしょうか。最近はヨガスタジオも増え、ヨガが心身を調えることを実感する人も増えてきたように思います。お寺でおこなうヨガは、こうしたスタジオでのヨガとはまた一味違った、新鮮で気づきに満ちた体験になるのではないかと考えています。

寺ヨガはさらに「場」という付加価値がつきます。1回目でもお話しましたが、お寺には「平等性」があります。社会的な肩書きや、ヨガの上手下手などを感じない。お寺に来ると、自分の中の物差しが切り替わり、自己イメージが変容してゆくと感じる方が多くいらっしゃいます。街中のヨガスタジオで会社帰りにヨガをするというスタイルは、スキマ時間を有効に活用できてとても良い習慣だと思います。ただ中には、「会社帰りの自分」の延長となり、心の切り替えがうまくできないと感じる方もおられるようです。お寺は日常から離れた荘厳な場であるところから、普段とは違うモードに切り替えやすいのではないかと感じます。

さらに、お寺は長きにわたってたくさんの人々の祈りが捧げられてきた場所でもあります。人はそういう場に身を置くと自分がとても小さな存在に感じるのです。お寺でヨガをすることで、自己に対するこだわりを一時的に手放すことができ、心のわだかまりが除去されやすい。実際、寺ヨガには、ヨガ講師の方が生徒として参加するケースも多いと言われています。それは、スタジオでは体験できない「寺ヨガ」のよさを、日ごろ教える立場にあるインストラクターの皆さんご自身が感じているからなのではないでしょうか。

■ 寺ヨガ講座は「開かれたお寺」になりやすい

お寺で何か講座をしたい、と思っても何をすればいいか迷う方もいらっしゃるかもしれません。私はその一つとして、ヨガ講座をおすすめします。なぜなら、来られる方にも、お寺側にも良き影響があると考えられるからです。

まず、ヨガは運動負荷があるため「自分の健康にプラスになる行動をした」という実感が残りやすい。その小さな達成感から、継続したいという気持ちになりやすいので、講座として続けやすいのです。

それからヨガは「マインドフル」になりやすいという点も見逃せません。自分の呼吸や動きに集中するものなので、気づきが起こりやすい。そもそも、近年大きな流行となっているマインドフルネスの原点の一つがヨガなのですから、当然の効果とも言えます。日々のストレスや、抱え込んだ仕事からひと時解放されて、自分自身の呼吸や、動きの中で生じる体の感覚に注意を集中することで、自分自身の存在と向き合うことができる。まさにお寺という場が、地域の人たちが集い、憩うことができる大きなきっかけとなるのではないでしょうか。

そして、ゆるやかにつながる人間関係ができ、そこに温かなコミュニティが生まれます。ヨガが終わったあとに、「ちょっとお茶でも飲んで行きませんか」という「喫茶去」の文化が、じつはとても重要です。ここで参加者同士がお喋りをしたり体験をシェアすることで、誰もが同じひとりの人間存在であることを自然に理解し、自分自身に対しても、他者に対しても、その存在を受容できる心が育まれてゆくのです。

ご住職(和尚さん)の存在も重要です。最初に簡単な挨拶や話を数分でもしていただくことで、参加者は「自分はお寺という場に来ているんだ」という実感が高まります。実際、お坊さんのお話を楽しみに来る方もいらっしゃるくらいです。終わった後に「ゆっくりしていってくださいね」と声をかけていただくのも、よき人間のつながりを生みやすくしてくれます。

そして、参加者の方が楽しそうに過ごし、場の雰囲気が温かなものとなってゆく様子は、地域社会に対しても、開かれたお寺のイメージを育んでくれるのではないでしょうか。私のお寺でもヨガ講座を開かせていただいたことがありますが、その時に作ったパンフレットを見た檀家さんから、「お寺は気軽に立ち寄れる場所ではないと思っていました」と言われたことがあります。その方に「ご一緒にいかがですか?」とお勧めして講座に参加していただいたところ、「菩提寺とのつながりを感じることができました」と大変喜んでいただき、以来坐禅会やお盆の法要など、それ以外の催しにも積極的に参加下さるようになりました。気軽に参加しやすいヨガ講座を、あえてお寺という場で行うことで、檀家さんの寺院に対する固定観念を良い意味で解くこともできるのではないかと感じています。そのような少しの変化が積み上げられてゆくことで、やがて檀家さん以外にも「開かれたお寺」のイメージが浸透してゆき、「あのお寺に行ってみたい」という動機づけになるかもしれません。

寺ヨガ講座のメリットをまとめますと
1. お寺に継続的に来てもらえる
2. 気づきの場を提供できる
3. 檀信徒ではない人たちのも加わった新たなコミュニティができる
4. 法話を聴いていただく機会が増す
5. 古くからの檀信徒さんにとっての寺院のイメージを変える

■ お釈迦さまもヨガをしていた

ヨガの歴史は仏教よりはるかに古く、4500年~5000年前の遺跡にはヨガをしている人の像が描かれているといいます。宗教の枠にとらわれない、精神修養のための実践法として広く取り組まれていたことがうかがえます。

今から約1500年前に書かれたヨガの経典「ヨーガ・スートラ」の中には宗教性ととらえられるものもあり、倫理規則、哲学、道徳に近いものも入っています。たとえば、ヨガの「八支則」においては、禁戒(日常でしてはならないこと)、勧戒(日常ですべきこと)、坐法(ポーズ)、調息(呼吸法)、制感(感情のコントロール)、集中(心のバランス)、瞑想(安らぎ)、三昧(意識と対象の一体化)という八つの重要な段階を示しています。これはブッダの最初の教えの一つである「八正道」とも似た要素を有しているように感じますね。仏教がヨガの考え方に影響を受けていても不思議ではありません。

お釈迦さまは出家した当初、ヨガのマスターや瞑想の先生に師事して、様々な修行法を実践しました。その中にはインドの灼熱の太陽の下で片足立ちで居続けるとか、一日に木の実一粒と一杯の水しか摂らないといった、大変厳しい苦行もあったとされます。しかし、そのような自分を苦しめ、痛めつける苦行を6年間続けても、「悟り」つまり苦しみからの解放はもたらされませんでした。そしてついには苦行を手放し、菩提樹の下でただ座って、自分自身の存在と向き合う瞑想に入ったのです。その8日後に訪れたのが、苦しみを手放した、悟りの境地でした。自分という存在を許し、ただ受け止めることを通して、自分への慈悲の大切さに気付いたのです。このマインドセットの転換が仏教の始まりとなりました。かといって、6年かけて体験した様々な行法が間違っていたとか、不必要なものであったと決めつけるのは早合点です。お釈迦さまはその一つ一つの経験から貴重な気づきを得て、最後の菩提樹の下での瞑想にたどり着いたのではないでしょうか。ヨガも坐禅も、その他の瞑想修行も、お釈迦さまにとって経験すべき大切な身心修養であったはずです。

■ ヨガ講座開催を迷われている方へ

「ただの場所貸しになっている」と悩まれている、あるいはヨガ講座開催に二の足を踏んでいる和尚さまもいらっしゃるかもしれません。まずはヨガ講師の方としっかり面談をし、一度、体験講座をやっていただくのがよいでしょう。ヨガというプログラムの可否ということよりも、お寺という大切な場において講座を持つ、一人の講師という存在が最も大切なファクターであると感じます。そのお寺の魅力を引き出し、笑顔の絶えない温かな場を作り出すことのできる講師との出会いが、お寺にとっても大きな宝物になることでしょう。有資格者であることを示す基準の一つに「RYT(全米ヨガアライアンス認定)」というものがあります。200時間コースを修了した証である「RYT200」と、さらに上級資格の500時間コースを修了した証である「RYT500」が有名です。残念ながら資格制度が十分に確立されていない現時点においては、十分な研修を受けずに「ヨガインストラクター」を名乗ることもできてしまいます。知識と経験が不足した状態でのヨガ指導は、思わぬ怪我や事故を招くリスクも伴います。講師に対しては少なくともRYT200か、これと同等レベルの資格を有していることを確認するのがよいでしょう。

一般的に生活習慣は2か月程度の継続で変えることができると考えられており、まずは8週間続けてみることをお勧めしています。このため、月1回程度の開催でもよいのですが、可能であれば2週間に1回のペースでしたいと思います。ぜひご自坊でも、お寺でヨガ講座を始められてみてはいかがでしょうか。

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